33期の振り返りと在任期間中の会社・社会の変化について ( 植平 修)

はじめに

 34期からは新しい役員体制で出発します。そこで33期の社長としての振り返りをすると共に、在任期間中の会社・社会環境の変化についても少し纏めておきたいとい思います。

私が社長に就任したのは平成元年の7月、先代社長の逝去を受けてのことでした。当社に入社し、専務に就任してからの10年間で経営の基本は身についたとは思っていたのですが、実際に社長になると戸惑うことも多く、尋ねる人のいない孤独感や、即座に決定を求められる業務に押しつぶされそうになりながらの出発でした。自分らしさを経営に出そうと様々なことを試みましたが、ほとんどがうまくいきませんでした。会社の在り様や仕組み、システムというのはそれ自体に必然性があり、一朝一夕で出来上がってきたものではありません。経営者の強い意思があり、時間に研ぎ澄まされて出来上がった仕組みを思いつきで変えたり、自分が社長であることを主張するために使うことのおろかさに気づくまでにはかなりの時間がかかりました。大きな意味で社風を作り上げることができたと感じたのは社長になって10年以上がたってからです。
私が社長に就任していた19年間は社会的にはバブル後期から不況期、少し明かりが見えたと言われながら中々実感できない現在と続く期間だと思います。終ってみれば、経営者として非常に面白い時期をすごしたと思いますが、その時々には起きてくる出来事に対処することに精一杯で余裕などなかったと思います。ただ、先代の社長が残してくれた得意先、仕入先、銀行、社員、何より会社に対する「信用」といった有形無形の財産のおかげで現在まで大きな間違いをせずこられたのだと思っています。この場を借りて先代の社長と我が社に関係のある様々な人々・組織に改めて深く感謝したいと思います。

 総括

 33期の売り上げは前年対比で一般建材が8.7%増の4億2192万円、製造直売が40.7%増の4億5059万円、トータルで23.1%増の8億204万円となりました。また、営業利益は5645万 経常利益は5791万を計上することができました。
売り上げの増加は33期もK社の災害特需とも言うべき受注の伸び、新製品の受注が主たる要因です。一般建材の売り上げの伸びは主として新規得意先からのプロジェクト物件受注によるものです。
 とにもかくにも売り上げが増大して喜んではいるのですが、その裏を読んでしまうのも悲しい性で、一般建材売り上げと製造直売の売り上げ比率は51.7%になり、とうとう製造直売の売り上げが一般建材の売り上げを上回りました。一社の受注動向に業績が大きく左右される状態になってきました。ますます自社製品の売り上げを確保する事が重要だと考えています。また、一般建材の売り上げ増の主たる原因であった新規得意先からのプロジェクト物件受注は今期の前半で終ります。今期も同様の物件が受注できる見通しはありません。社内の体制強化として、急激な変化にも耐えられるように体質の強化を進めており、それなりの成果も現れています。33期は損益分岐点比率が44.6%となりました。今後はバランスの取れた投資活動と、利益還元をすると共に不断の改善を進めさらに体質の強化を行うことと、売り上げの増加を様々な施策で進めなければいけません。

鋼材の価格は高止まりしたかに見えましたが33期も期間全般にわたり徐々に上昇しました。
内容が変化するため単純には比較できませんが、平均単価は11%上昇しました。また、売上高の増加に伴い購入した鋼材の量は前期比144%の2868tとなりました。幸い亜鉛地金の価格は落ち着きを取り戻しつつあります。34期もすでに高炉メーカーからは強力な値上げのアナウンスがされており、予断を許しません。仮に製品値上げがされないまま材料の購入価格が10円/`上がったら3000万近い利益が消滅することになります。ますます、仕入れやメッキ加工費などの交渉が経営に占める割合が高くなってきています。

安全衛生面では33期は長らく続けてきた0災害記録の表示を廃止しました。0災害記録の数字が少しづつ大きくなるとどうしても小さな怪我の報告がしにくくなるという空気が生まれます。小さな事故が積み重なって大きな事故につながるというのは統計的にも言われていることですし、実感としても理解できます。小さな事故の報告や対策が取れない中で大きな事故が発生することを防ぐため、まず報告しやすい空気を作ることにしました。形式的な0災害記録の数字が大きくなることより大切と考えたからです。今後も社員自身の「労災隠し」がなくなるような仕組みを考えていかなくてはなりません。
 残念ながら12月に金型交換中に指先をつめ、骨折するという事故が発生しました。少し仕事が暇になってきたときの非定常作業という典型的な従来の災害パターンであり、教育も対策も十分でないことをまた思い知らされました。

33期に発生した品質不適合は12件で32期と同様のレベルでした。33期は指示間違いや指示者の知識不足による間違いが多く、新しい商品の製作指示の方法やチェック体制の不備が現れました。
品質異常についてももう少し具体的な報告が上がりやすい状況を作るため「間違い報告シート」記入の運動を始めました。まだまだ自分が起こした間違いや不具合を報告する気風にはなっていませんが、重要な品質情報としてこれからも粘り強くPRしてゆこうと思っています。

財務的側面

売り上げの好調な伸びに支えられ、33期も各財務指標、特に安全性の指標は非常に良好な値を維持することが出来ました。収益性の指標も33期は向上しています。代表的な数値として、流動比率:410% 当座比率:287% 固定比率:50% 自己資本比率:69% 売上高経常利益率:7.4%などです。我が社のような零細企業でこれらの数字が大きな意味を持つとは思いませんが、我が社の状況を示す一面としてお知らせします。前述しましたが損益分岐点は3億8900万円であり、33期の売上高8億7150万円の44.6%です。今後も内部留保の充実と経営改善による経費削減と効率化を進めると共に、将来のための投資やモラルアップのための利益配分などを考えていかなければなりません。

33期は敷地裏側の農地の地目変更を行い、ヤードの拡張工事を実施しました。地目変更の手続き完了後、現在便宜的に私個人所有になっている所有権の移転を行う予定です。

 

販売側面

 32期(3億2000万)に引き続き33期(4億5000万)も大幅に増加しました。近年頻発する大きな自然災害対策、K社の発注先の変化や我が社の出荷センターとしての役割への評価、新規製品への積極的な取り組みへの評価などが増加の原因であると考えています。また、33期も我が社の各担当者が努力した結果、不適合の発生は非常に少なく、K社から高い評価を得ています。K社の製品は高付加価値化のスピードを加速度的に上げており、加工精度、納期、工作難度などに十分な対応をすることがますます重要になってきました。一方、加工度の低い製品の受注も多くなっており、利益確保のために一層のコストダウンが求められます。

メタルサインはS社から外構工事の金物を受注できるようになり、受注金額は大幅に伸びました。見積もり方法のマニュアル化を進め、業務の委譲を進めています。

人的側面

 33期も新規の採用は行わず、機動的な外注の活用を進めました。ただ、事務所内では経理事務を外注することにしました。事業規模を考えると専任の経理部員を確保すること自体に問題があったのかもしれませんが、厳しい経営環境でシビアな舵取りをするための様々なデータを収集するため、必要経費と考えていました。しかし、一方で事務作業の見直しを進め、市販経理ソフトの導入、現金出納の廃止、税理士事務所の変更など着々と経理の外注化へのステップを進めてきました。今回事務員の出産退職を機会に外部委託しました。まだまだ過渡期であり、小さな混乱はありますが、決定して間違いはなかったと感じています。

 

製造設備、施設側面

 33期は念願であった厚板の加工設備(プラズマ切断機)を導入しました。この設備は単に我が社として初の厚板加工機としてではなく初めてのCADCAM機の導入になります。これを機に加工ソフトも一新しました。将来的には加工指示が事務所で行えるようにしていきたいと考えています。
K社の矢板加工の増大に伴い大型鋸盤をもう1基導入しました。従来1基でこなしていた作業のバックアップの意味もあり、より安定した工程管理のための投資でもあります。

 終わりに

私が先代社長から会社を継いだのは平成元年の7月でしたから19年間、社長をしてきたことになります。その間良くも悪くも本当にいろいろなことがあって、思い出すときりがありません。ただ、会社の状況を端的に示すものとして19年前の決算書を現在と比較してみました。中々興味深い結果が出てきましたので、お知らせしたいと思います。
貸借対照表から見ると、流動資産は2億9600万から5億485万(170%)に、有形固定資産は新工場の購入などがあり6890万から2億521万(298%)になっています。資産合計は3憶6900万から7億7202万(209%)になっています。一方負債は2億6500万から2億6000万(98%)に減っています。純資産は1億350万から5億1160万(494%)に増加しています。

 

 損益計算書を見てみると売上高は4億8200万から8億7150万(181%)になりました。販売管理費は1億960万から1億4760万(135%)の増加ですが、製造原価が1億4100万から6億670万(430%)になり、営業利益は6080万から6460万(106%)となっています。平成元年当時は社員が14名でした。現在は物流を含めると26名となります。これらの数字から簡単に総括することは難しいのですが、簡単に言ってしまうと以下のようなことが言えると思います。
「工場の移転に伴い機械設備を増強した結果、効率よく生産する事ができるようになりました。しかし、鋼材の価格上昇や製品価格の下落で中々利益が出にくくなっています。そんな中、今まで正直に納税してきたので内部留保が増えて、資産がしっかりたまってきている・・・。」そんな感じでしょうか。ただ、製造の面から言うと、昔なら利益も出やすかったし、多少の間違いも許されたものが、材料が高いし、売値も上がらない・・間違うと利益にモロに響いてくる。そんなシビアな状況が見えてきます。

 世襲の未熟な経営者であってもうまく時代がサポートしてくれました。先代をはじめ、多くの先輩が残してくれた「遺徳」で乗り越えることができた問題も多くあります。この20年を振り返ると辛かったことも含め、それぞれの出来事が私自身にとって、我が社にとって固有の意味をもっていたのだと感じます。その「意味」を今後も誠実に吟味し、考慮し、応えることを新しい経営者が新しい力と新しい考えで行うことを願い、私自身の経験がそのサポートとなれば幸いであると考えています。

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